中山道の旅 蕨宿

荒川を渡り、いよいよ埼玉県へ。
江戸(東京)ともお別れかと思うと
感慨もひとしおです。

今は橋を渡ればすぐに対岸ですが、
江戸の頃は戸田の渡しと呼ばれる
船着き場があって、
旅行く人は船でこの川を渡っていたそうな。

そして次なる宿場は蕨宿。
こちらは街道沿いに昔の面影が残されていて、歩くには楽しいところでした。

  


途中、歴史民俗資料館 分館に立ち寄り一休み。
明治時代の織物買継商の建物を無料で一般に開放しているとのこと。
暑い日だったので、庭を眺めながらの涼風は何よりのご馳走でした。

 


老舗のおせんべい屋さん=萬寿屋さんでお土産を買い、
隣りの三学院にお参りをすませ、次は浦和へと歩みを進めます。

  

中山道の旅 板橋

中山道の旅。
江戸を発して一つ目の宿、『板橋宿』までやって来ました。

江戸の頃、京都を目指す人々の多くは
わざわざ日本橋を出発点とすることはなく、この板橋宿を起点にしたそうです。
見送る人、出迎える人も集まり、往時はたいそうな賑わいだったとか。

今は宿場町としての面影はほとんど
ありませんが、当時の名残なのでしょうか、
街道沿いに延々と商店街が続いていました。

ここでの小さな発見は、
本当に「板橋」という名前の橋があったこと。
地元の方には “当たり前” のこと
なのでしょうが、旅人の私の目には
新鮮に映ります。

  


小さな発見と言えば、もう1つ。
板橋駅前には新撰組の
近藤勇、土方歳三のお墓がありました。

幕末期の話は数々読みましたが、
そういえば、彼等がどの地に埋葬されたのか
全く知りませんでした。
こんな風に二人一緒に眠っていたとは。

今の日本を見て、彼等はどう思い
何を話しているのでしょうね。


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嬬恋村からの便りです。